今となってはレイディオの聴取は、たやすい行為だ。
誰もがスーパーなんとかラジオを2,000円程度で購入でき、それで地元の電波を拾ってレイディオを聴くことができる。
更にはインターネッツ経由で、混信も混変調もなくクリアな音質で、ストリーミング放送を聴くこともできる。
まったくもって、持てる技術の発揮しどころが無いと言える。

ラジオ少年は、その技術でズルをしていた。
自分だけがその技術で、他の人が知り得ぬ情報を得ていたのだ。
そのために血の滲むような学習と鍛錬が水面下で行われ、ラジオ少年は知識の塊となってなお、自身の存在意義をラジオ聴取のためと疑わず、己の成長を愉しみとして生きていた。

ラジオ少年はまた、深夜には自らの力の無さを徹底的に思い知らされた。
ラジオの周波数によっては、深夜になってのみ受信できる遠隔地の放送を受信できた。
北海道の大雪山の懐において。
そう、昼間でも地元の電波を拾えぬ辺鄙な場所でも、夜になるとニッポン放送やTBSラジオなどを聴くことができた。
ただこれは己の技術による物ではなく、単に電離層の働きによる電波の反射による物だったのだ。
ラジオ少年は己の知識を最大限に発揮してもなお、電離層がチョチョイとやった悪戯に勝てない、そう思い知らされた。

ラジオ少年はその持てる技術を最大限に発揮し、更には電離層の助けを借り、鶴光のオールナイトニッポンを聴き、
「この歌はこんな風に聴こえる〜」
等と口にしては、周囲から浮いた存在となることに甘んじた。

かつてのラジオ少年はまた、馬鹿であった。
いかに他者を出し抜き、おもしろコンテンツにありつけるかが、自らの欲望であった。
ずるく立ち回って、結局おもしろコンテンツを得るのがオチだったのだ。
「見た目は馬鹿で中身は天才」これがラジオ少年のアイデンティティであったのだ。

おっといけない・・何を言いたいのか忘れてしまっていた。
そう、ラジオ少年は人知れず機械工学や物理学を学び、半田付けの技術を習得し高価な計測器で様々な分析をできる環境を得たはいいが、結果的には「鶴光ファンの変人」というレッテルを得ただけに過ぎなかった。
(いや、ここでは本来の自分の人格に別な友人の人格を混ぜ合わせて面白おかしく書いてますが・・)

ラジオ少年は確かに自らの欲望を達成していました。
「鶴光のオールナイトニッポンを聴く」
という欲望です。

しかしながらそのために脳に刻んだ知識のレベルと量は、決して他人に劣るものではありませんでした。

かつてのラジオ少年の一人として、全世界のラジオ少年に言いたい。
君のその好奇心は、やがて世界が欲する情報工学に繋がるヨ!
ラジオを受信するための物理や化学の学習は、案外みんな苦手だヨ!
後になって「あーラジオ技術を知ってると言うことは、ズルい事なのかも知れない」って思うヨ!
ガンバッテネ!

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