網走支庁がオホーツク総合振興局と言うヘンな名前に変わってしまいました。
オホーツクと言うのは、樺太(サハリン)の先っぽを辿り、ロシアの海岸にぶち当たったあたりの、ロシアの地名です。

僕が生まれ育った地方が、なんでロシアの地名で呼ばれなきゃいかんのか、いまいち納得がいきません。
多分誤解を生む呼び名だと思いますので、今のうちに誤解を招かないよう、注意を喚起しておきます。(偉そうに・・)

さて、そのオホーツクの南、オホーツク海に面した北海道の一つの街で、僕ら長靴少年隊は活動を続けていました。
ええ、この名前はこの間思いついた物です。
当時は名前などありませんでした。

長靴少年隊は、海が好きでした。
小学校の時から、暇さえあれば海に行き、そこで遊んでいました。
中学校になってからは、学校帰りのルートがこんな感じでした。

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だいたい1月~2月ごろの通学路を示しています。
通っていた雄武中学校から、何故か一度海に出ています・・
そう、流氷の上を歩いて帰っていたのです。

我々少年隊の間でも、このルートを他人に漏らす事は厳禁とされていました。
そう、この行為は大変危険なのです。
当時も年に数人、流氷の上で遊んでいた小中学生が海に落ち、命を落としていました。
(今思うと、さすがにこれは無いですな・・)

我々は誰に話す事もなく、流氷の上を毎日帰っていました。
我々は当時の中学生としては貧弱な体格で、2人ともガリガリ君。
体重が極端に小さな子供だから生きて帰れたのであって、今の僕には流氷の上を歩く勇気は到底ありません。

流氷がやってきた海は、見た目には一面の大雪原。
特に岸から200メートル程は真っ平らで、運動会でも開けそうです。
しかしそれは「蓮の葉氷」と言う薄い氷が寄せ集まった上に雪が積もり、厚さが一定しない危険な氷の薄膜。
この区間を過ぎれば、本当の流氷がゴツゴツと海上に顔を出し、ジャンプして飛び乗る事もためらわれような、更に危険なデンジャーゾーンです。

僕らは、蓮の葉氷の上を走り回りながら帰宅します。
二人は体重が一部に集中しないよう、適度に距離を置きながら走ります。
そうして走っていると、たまに片足が海に落ちます。
そんな時は転ばないように注意し、もう一本の足を頼りに海に落ちないよう素早く駆け抜けるのです。

岸の方から婆ちゃんが叫んでいます。
「危ないからやめろ!」
二人は婆ちゃんから逃げる為、海岸線と平行に走って行きます。
そして人気のない所で、岸に戻ってくるのです・・

良い子は真似しないでね!